たまにはロウソクのことを。
 
 
友人が父への誕生日にと依頼してくれたロウソク。
彼と彼のお父さんは不思議なご縁なのです。

彼の父というのは、自分が彼と知り合うことになるもっと前、
小さな頃から通っていた歯医者さんの先生でした。

そして、高校になってから水泳を通じて彼と知り合うことになりました。

まずは、さかのぼるのは高校時代。
ロウソクとはかけはなれた体育系の話ですが・・・

自分は中学の部活に水泳を選び、高校では長野県で1番になりたくて
スポーツジムで独り練習していました。

一般的には、小さな頃からスイミングに通い、
選手になり練習を積み、小中高校やその先も選手とて大会に出たりするんですが、
自分は高校2年で地元の強豪スイミングの選手コースに入るというかなり遅いスタートでした。

そして、頑張ったかいがあり高校3年ではバタフライで県の1番に。

彼は、同じ地区の学校にあるエリート水泳部の一員でした。
昔通っていた歯医者の息子が同学年でいるというのは母から聞いていて、
高校3年時には、インターハイ・国体と共に代表として頑張った仲間になりました。

小さい頃から通っていた歯医者の息子と水泳を通じて知り合ったわけです。
この時点で自分としては不思議なつながりだなと感じていたりもして。

彼は高校で水泳を終え、自分は体育大学で水泳を続ける道を選び、その後会うことはありませんでした。

月日が流れて、30歳で長野に戻ってきた時にあるカフェがきっかけで再会することになったのです。
ウェイクボードに行ったり、イベントをやったり、あかり屋のホームページをつくってくれたのも彼で。

そして、歯医者の先生である彼の父は、キャンドルが好きだというではないですか。

この前実家で母が歯医者に行った時の話。(今も両親はお世話になっているので)
自分がロウソクをつくっていて、彼がHPをつくったというはなしから始まり
先生が職場に飾ってあるロウソクのコレクションをみせてくれたとのことで。

幼少時の歯医者から始まり水泳、そしてロウソクへと。
先生そして彼との関係が続いていく訳です。

あかり屋のロウソクが先生のコレクション入りする嬉しい依頼でした。
 
 
 
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山の緑が深くなってきた

公園が気持ちよい季節
 
 
 
 

 
 
 
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嫁のご両親へ。

小さな雲の木。

感謝と愛を込めて。
 
 
 
 
 

 
 
 
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残雪の根子岳(2207m)を登る。

人も少なく静かな山。

運動不足で登りに苦戦。

北アルプスと北信五岳を望む。

山を歩くことは、山頂という目的はあるけれど

より重要なのは、そこまでのプロセスだな〜といつも考える。

天候や、山によって状況環境は変わる。

自分の心や身体の状況がどうなのかが歩きに表れる。

いつのまにか無心になって歩みを進めている状況がベスト。

気づけば仕事のモヤモヤを切り離せず歩いてしまっている状況は最悪。

今の自分が自分の中であらわになっていく。

己のペースを知り、守ること。

ん〜山は学びの場ですな。

下山後は、お気に入りの温泉でまったり。
ここでも露天風呂から北アルプス〜。
 
 
 

 
 
 
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5月。
長野も過ごしやすい気候になってきました。

世間はゴールデンウィーク。
こちらも数日休みがあるのでゆったり過ごす。
 
 
ブログ書いてないな〜と思いながら4月が過ぎ・・・。
毎年思うが、長野は春を感じづらいな。
 
 
年度末の話。
6日間、嫁の埼玉の実家でお世話になりながら自由にふらふら。
ちょうど関東は桜が咲き始めた時で、長野では感じられない春があったり。
東京都現代美術館やら友人の個展をみてまわったり。
長野に戻る前によく行っていた湘南の海を歩いたり。
久々の友人達にあって本当に嬉しかったり。
 
 
いろいろと変わっていたり、変わっていなかったり。

それは、きっと環境や人が変わったんじゃなく

自分にとって胸に秘める想いや、大切にしているものが変わったからだろうなと。

そんなことを、海を眺めながら強く感じた。

 
 
 

 
 
 
 

 
 
今年も雪山デビュー断念。
雪山の静けさを体感したい。
 
あ〜山いきたい。
 
 
 
 
 

 
 
 
 

 
 
あ〜〜〜〜〜〜山に行きたい
 
 
 
 
 

 
 
 
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友人夫婦宅へ絵を届ける。
 
 
絵を描いてほしいと依頼されたのは、4年前。
一緒に飯綱山に登った時。
天気の良い山頂で長野市を望みながらの昼飯。
家を建てようと考えていて、そこに飾る絵を描いてほしいと。
 
それから時間が経って1年前、新築のお宅に伺い飾る壁、サイズ、内容を決めた。
 
それからまた1年、やっと届けた「雲の木」。
 
 
家族の時間と共にあるという喜び。
 
かわいい息子は、絵をみて何を感じているのかな。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
ふと、響く言葉に出会うことがある。
前のブログでも使える範囲で記していた。
 
 
著名人だったり、友人だったり、

お気に入りのブログからだったり、

本や新聞の一文だったり、

過去の自分が記した文章だったり。
 
 
何気なく、真意であり、そして素だからこその言葉。
 
 
 
響く言葉

 「自分が何を好きでどうしたいかを率直に信じてやってみると、
  思い悩んでいるほど恥ずかしい事でもなんでもなくなる。
  焦る心もなくなると、ものごとはしあわせな方向に進むものだ」
 
 
 
 
 
 

 
 
12日に37歳になりました。
はやいなぁ。
 
この冬一番の美しい山々を望むことができた日でした。
長野市内は曇っているのに、北アルプスの山々だけが光に照らされている。
昼頃には晴天になり、青空と雪山の白さのコントラストが独特だった。
 
 
36歳は身体がぼろぼろでした・・・。
今もぎっくり腰&右膝痛&右目の中心性漿液性網脈絡膜症・・・。
左側に以上あり。

嫁さんからのプレゼントはお洒落なマッサージ機。

心身の健康が37歳の抱負。
 
 
今日も雪降り。
積もりそうだ。
 
 
 
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綴るということを久々やろうとすると、なかなか出てこない。

前のブログも最近はほとんど書いていなかったし。

日々、いろんな事を考える。イメージをする。

綴るのは、きっと自己確認なのかな。
 
 
週末は、冬の厳しさがやっときたという感じ。

何度、雪かきしたことか。

都心は大変だった様子。

粉雪で、大きな雪だるまはつくれなかった。
 
 
雪夜の静けさが好き。

冬になるといつも思うこと。

雪かきも、車の運転も大変だけど、子ども心は忘れたくないなと思う。
 
 
 

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はじめてハンドメイドキャンドルを購入し、火をつけた日。

2006月12日9日。

日記にはこう綴っていた。
 
 
火を灯したのは、オレンジ色のキャンドル。
キャンドルに柔らかい光が浸透していく。キャンドルという光。
炎が闇を照らすのではなく、キャンドルと闇が共存する。
なぜ、人はこの灯火に魅了され続けるのだろう・・・。
 
 
キャンドルのあかりに見入ってしまった。
独特な空気感の中、たくさんの想いを巡らせたことを鮮明におぼえている。
 
 
大げさではなく、心が震えた。
 
 
 
 
当時、絵を描いたり、アクセサリーを作っていたけれど、
キャンドルを自分で作ってみようとは、全く想像もしなかった。
 
 
30歳になって、地元長野に戻った。
 
良くも悪くも、長野の生活ではいろいろな変化があり、
もの作りへの考えかたも、求めることも大きく変わった。
 
長野は都内よりも光が少なく、夜の暗さが際立って感じられる。
長野でたくさんのキャンドルを灯してみたいと思った。
 
 
大きなキャンドルに憧れがあって、たくさん作ってみる。
そして、人が集う場で灯した。
灯すという行為を求めた。
 
 
そして今、灯すこと以上に
ロウソクのあかりを暮らしの道具として届けたいと思う。
 
 
イメージするかたちを追い続ける。
美しく佇むあかりを作りたい。